原野辰三の社会評論エッセイ
教科書嫌い
靖国神社
昨今、小泉首相の靖国神社参拝をめぐって、中国との関係がよくない。そしていつも問題になるのが「歴史認識」である。
歴史認識とは何か。歴史認識とは過去に起きた事実、過去においてなされた行為、過去にあった事実を正確に見分け、判断することである。
小泉首相は靖国参拝について、「彼らの尊い命の犠牲のうえで今日の平和がある。尊い命を犠牲にした兵士の御霊に二度と再び戦争を起こさないこと誓うことが何故悪いのか」という。彼には歴史認識がまったくない。(または歴史音痴なのか)
確かにそのフレーズだけを切り取れば一見もっともな文言になっている。小泉首相のいつもの言い回しである。彼には歴史認識がない。また彼は詭弁の天才である。
あの戦争当時、学校ではどんな軍国教育がなされ、出征兵士はどのようにして戦場へと送り出されたのか、そして靖国神社は軍人兵士にとってどのような場所であったのか、国民にとって靖国神社はどのような存在であったのか等々その当時の事実を詳らかに検証して、はじめて「歴史認識」ができる。
そこで、靖国神社について説明しておきます。
1869年「東京招魂社」として東京・九段に建てられ、1879年に「靖国神社」と改名。内務省所管の一般神社と違い、陸海軍両省所管の軍事的宗教施設として造られました。当時の教科書でも「ここ(靖国)にまつられてゐる人々の忠義にならって、君(天皇)のためにつくさなければなりません」(国民学校四年修身)と、天皇への忠誠死を教えるなど、侵略戦争推進の精神的支柱でした。戦後、政教分離原則を定めた憲法の下で一つの宗教法人になりましたが、1978年、東条英機元首相らa級戦犯14人を合祀(ごうし)。現在約210万人がまつられ、日本の植民地時代に戦争にかりだされた「朝鮮・台湾出身者」47,000人も含まれています。
とくに問題になるのは合祀である。いわゆる戦犯も一緒に祭られていることである。「戦犯と言え、おなじ人間である」。というのが小泉首相である。歴史認識のかけらもない。
再び、ドイツを引き合いに出して恐縮だが、ドイツでは戦犯を今日になっても、なお世界中を捜索し、探し出しては裁いている。
では日本はどうかといえば、a級戦犯容疑者(不起訴処分)を総理大臣(岸信介)にした国である。教科書問題もしかり。あの戦争は侵略戦争であったにもかかわらず、そのことには一切ふれず、逆に「戦地では日本軍はこんなよいことをした」などと美化する記述をしている教科書さえある。
あれこれと考えると、つまるところ日本人は歴史に学び、歴史的にものを見、考えることが不得手らしい。
のど元過ぎれば熱さを忘れ、臭いものには蓋をし、何事も知らしむべからず、済んだことは後の祭りで事なかれ主義、長いものにはまかれ、ことをあらげるのは大人気ない、そんな意識構造が日本人の美徳とされてきたのである。しかしそれでよいのだろうか。
「歴史」に私たちが盲目であったり、時の為政者が政治的に歴史を歪曲したり、書き換えたりするなどは、誤った歴史を繰り返させ、未来に対して無責任な行為である。
小泉首相の靖国参拝について、裁判所は「政治的意図がる」と断定したが、依然として改めない。反対に熱心なのは自衛隊の海外派兵とブッシュ詣。そし教育基本法・憲法の改悪。
こんな総理大臣は歴代自民党総裁でも見当たらない。国民は大変危険な総理大臣を選んしまったのである。
いま、静かに軍国主義の足音が聞こえ、暗い影が忍び寄っている。
戦争の教え方―世界の教科書にみる(別枝篤彦著 朝日新聞社)を一読をお薦めします
人間は過去の悲劇を再び繰り返さないために、その歴史的事実を風化させてはいけない。
そこに歴史教育の重大性がある。あらためて、歴史教科書裁判で闘った故家永三郎教授の遺業・遺稿の大切さを痛感する。






