原野辰三の社会評論エッセイ
教科書嫌い
ドイツの場合
ドイツは、まるで逆である。ドイツではあの忌まわしいナチスドイツがやった行為や戦争を事実として学校の教育現場で教えている。
そして二度と再び戦争をしないために徹底的に事実を包み隠さずに教えているのである。はたしてどちらが正しいのか。
過去に目をつむる者は、現在にも目をつむる
第二次世界大戦の戦争責任について、ドイツの元大統領リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー(ワイツゼッカー)が言った。まことに名言である。
またビスマルクは次のように言っている。
賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶ
井上ひさし氏は歴史教科書について次のように言っている。
「アメリカは善い国だ。ただし奴隷制、先住民への抑圧、日系人の強制収容、無差別空爆、原子爆弾の投下、そしてベトナムでのおぞましい過去を別にすれば。・・・ ・では、日本は善い国か。善い国である。ただし、台湾と朝鮮の併合、満州国のでっち上げ、南京大虐殺、沖縄の人々やアイヌ民族への抑圧、在日韓国・朝鮮人や部落民への差別、従軍慰安婦問題を別にすれば」つまり、あらゆる国家は過去において必ず間違いを犯す。悲しいことだが、これは避けられない運命である。しかし、ここから先が、その国民の質と未来を決定する。間違いをひた隠しに隠そうとする国民は品性下劣であって、その程度は低く、他国民から信頼を得ることができない。おそらく永遠に。けれども、その間違いに自分で気づき、そしてその間違いを自力で乗り越えるとき、その国民には未来がある。自己の行為をきびしく点検して、間違いがあればそれを乗り越える、そうすれば、それらの一連の苦行によって国民の質が高められるばかりか、そういうきびしい自浄作業そのものが、他国民の信頼をしっかりと繋ぎ止めもするからである。こう考えてくれば、この世の真実が見えてくるはず。すなわち、日本国の犯した間違いをひたすら覆い隠そうとする日本人は、一見、愛国者にみえて、じつは国民の質を貶め、この国の市民を地球社会から永遠に隔離しようとする売国奴であり、日本国の過ちを鋭く指摘する日本人こそ、一見、売国奴に見えて、そのじつは比類なき愛国者なのだ。
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