原野辰三の社会評論エッセイ
関東大震災
関東大震災とラジオ
本年(2005年)3月15日はラジオ放送が始まって80年になる。NHKは80周年記念番組を特集していた。
その中で、「なぜラジオ放送が必要か、なぜ急がねばならなかったのか」についての話があった。関東大震災が、ラジオ放送開局を急がせたということだった。
新聞が唯一の情報手段であった当時において、新聞発行が一斉にストップしたために、地震・火災の状況が一切伝わってこない。情報が全く途絶え、ただでさえ、人心が乱れ不安がつのり、疑心暗鬼になっているから、ちょっとした噂にも動揺し、過剰反応する。
そして、風評による人為的二次災害があちらこちらで発生した。すなわち「デマ」による大事件が頻発したのである。
「名古屋やその他でも大地震が起きた。つづいて大きな地震が発生する。この地震はヨーロッパが日本をつぶすために起こした」などなどのデマが飛んだ。この程度なら、まだしも、あちらこちらで多くの人が襲撃、惨殺されるという大事件が起きた。
関東大震災は地震による家屋の倒壊で亡くなった人より、火災で死亡した人が圧倒的に多い。14万人とも言われている。
当時の建物は殆どが木造で、また今日のような防火構造になっていない。また防火設備や防火体制等のインフラ整備は今とは比べものにならない。
また、地震が発生したのは11時58分だった。丁度、昼食の煮炊き時間だったから、なおのこと火災が多発した。あの阪神淡路大地震が1時間遅かったら、と想像すると恐ろしい。
関東大地震による火災は猛威を振るい、大パニックになった。そんな状況下で「デマ」が飛んだ。「朝鮮人があちらこちらで放火をしている」という噂が飛び回った。このデマは関東にとどまらず、またたく間に全国に広がった。
その結果、全国各地で朝鮮人が襲撃され、約7000人もの朝鮮人が惨殺される悲惨な事件が起きたのである。(一部朝鮮人以外の外国人も含まれている)
また、この最中、朝鮮人惨殺事件に乗じて「甘粕事件」が起きた。当時の軍部憲兵隊の甘粕正彦、森慶次らが、無政府主義者の大杉栄、伊藤野枝、橘宗一を連行し、首を絞めて殺した事件だ。
これらのデマ事件がラジオ放送の開局とどのよう関係したかはわからないが、ともかく、ラジオ放送を急ぐ契機になったのは関東大地震など、自然災害をいち早く正確に知らせる手段として電波放送の緊要性が叫ばれたからだとNHKは説明していた。
かくして、1925年(大正14年)3月22日ラジオ放送が開始された。関東大震災から1年半後のことである。(ちなみに、世界で最初のラジオ放送はアメリカの1920年、イギリスは1922年)
それにしても、「デマ」は恐ろしい。「デマ」はもっとも悪質な犯罪だ。
「デマ」には二種類がある。一つは政治的目的で相手を誹謗し、相手に不利な世論を作り出すように流す虚偽の情報。もう一つは単なる悪口や根拠のない噂。
為政者の常套手段はまず、政治的目的のデマを作り、プロパガンダ(ある意図にメッセージを強制して教化すること。とくに思想や教義などの宣伝に使う)を行う。
その最大のものがナチスのユダヤ人大量(800万人)虐殺だ。ごく最近では米国ブッシュ政権が「イラクは大量破壊兵器をもっている、またイラクはアルカイダのテロリストを支援している」という情報を捏造し、石油利権のためにイラク戦争をはじめた。
わが国では、満州事変の発端となった盧溝橋事件や戦後の松川事件など多々ある。
人間の歴史は戦争の歴史といってもよい。そして戦争はいつもこの手のデマ・プロパガンダで大義名分を謳い、錦の御旗を掲げて始められる。愚かで卑怯というよりほかにない。
もう一つは悪口や根拠のない噂。前述の政治目的からすれば、一見たわいもないことのようだが、これが意外に深刻な事態を引き起こす。
具体的に、例を示さずとも日常茶飯事のことで、身近にあることだ。何らかの心当たりがある人も少なくないと思う。
この、悪口、陰口、噂話の恐いところは、電報ゲームだと言う点にある。電報ゲームをして遊んだ人はたくさんいると思いますが、知らない人の為に説明しておきます。
10人前後で1チームをつくり、各チームが縦列になり、ある事(話)を最前列の人から順番に、後ろの人に耳打ちをして伝えていく。そして最後列の人に答えを言わせる。ゲームを競うから、みんな正確に伝言しようと頑張るが、殆どが違う答えになってしまう。ゲームだから面白い。しかし、これが現実となると悲劇だ。
私事だが、私が24、5歳のころ、「あいつは死んだらしい」という噂が一部の同窓生の間で広がっていたらしい。あとから人づてに聞いてびっくりした。噂は人を死人にしたり、悪人にしたり、気狂いにしてしまうことは簡単だ。
また人の悪口、陰口、噂は一人歩きするもの。人は断片的な情報や印象や主観で他人の人間像を勝手につくってしまう。つくってしまうのはよいが、それをまた他人に言う。それが電報ゲームになって変化誇張する。
いずれにしても、世間では人の噂話が大好きなようだ。テレビ番組は芸能人の噂番組が多い。人の噂話でメシを食っている番組製作者、コメンテータ、司会者を私は下劣なヤツと思っている。またそんな番組好きの視聴者もなさけない。そんなことより、自分のことを心配しろ、と言いたくなる。
いまから30年前、トイレットペーパーのパニックが起きたことは記憶にあると思う。
丁度、その時期、石油ショックでトイレットペーパーがなくなるというデマが全国に広まりまった。日本国中のスーパーマーケットに主婦が殺到し、長蛇の行列ができ、店頭からトーレットペーパーがなくなってしまった。
ご多分にもれず、わが女房もその噂を聞き、「買わねばならん」という。わたしは「そんな馬鹿な」と言下に否定し、「それはデマだ」と一喝したことを憶えている。女房はしぶしぶ買うのをひかえたが、それでも少しは買っていたようだ。案の定デマだった。
「デマ」はさておき、ことしはラジオ放送がはじまって80年にあたる。
現代はラジオにテレビ、無線通信、一般電話、携帯電話、衛星通信、インターネットと情報通信技術は大変発達した。
最近、自然災害が頻発している。台風、洪水、地震の大被害が世界的に多発している。情報通信技術が発達した今日では、リアルタイムに情報が入手でき、状況が分かるようになった。
スマトラ半島地震による津波の犠牲者を思うと、いかに情報が重要かを如実に示している。
ただし、阪神淡路大震災の時のように、携帯電話、一般電話は一切通じなかった事態から、被災地では情報通信機器が被害をうけ発受信機能がマヒする経験をした。
防災対策にこれで十分ということはない。まだまだやらねばならないことが多い。同時にマスコミに頼らず、自分自身がどうするかを常日頃から備えることが肝要です。
情報は迅速正確でなければならないが、不正確な情報による風評被害者は今日なお後をたたない。
むしろ情報通信網が飛躍的に発達した今日では、デマの拡散と速さは関東大震災の当時とは比べものにならないほど拡大する。
その犠牲者の一人、河野義行氏一家は松本サリン事件で甚大な被害をうけた。もともとは警察の誤認逮捕だが、マスコミは一斉に、あたかも河野氏が犯人のように報道した。
実際、彼は被害者で奥様はいまだに意識回復しないまま寝たきりで病床にある。一旦警察が逮捕すると、マスコミはいつも犯人視する。あくまでも容疑者被疑者なのに。それをみている、われわれも犯人と思ってしまう。
かって、冤罪はたくさんあった。徳島のラジオ商殺し、松川事件等々。
なかでも有罪判決から無罪判決がでた横浜事件は60年経ってからである。やっと無罪を勝ち取ったときには被告人は、汚名をきせられたまま亡くなっていた。
警察に問題があるとはいえ、マスコミ報道がきっかけになる風評被害の大きさをもっとわれわれは考え直さないといけない。河野義行氏は第二の河野を出さないために、現在全国を講演してまわっておられる。
マスコミは視聴率競争に狂奔し、スクープ合戦に血道をあげているが、本来のジャーナリズムを真剣に自らを問い直すことが重要なのではないか。






