時事コラムを中心に、社会評論エッセイや名言・格言・諺の解説を掲載

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原野辰三の社会評論エッセイ

祇園精舎の鐘の声

組織とリーダー

ところで、西武グループを率いる堤会長が逮捕された。

堤義明氏は父堤康次郎の教えを忠実に守って生きてきた。彼は父の価値観の呪縛から、逃れることができなかったのだろう。

塀のなかで、今どんな心境だろう。奢る平家は久しからず、か。

財を遺すは下 事業を遺すは中 人を遺すは上 されど 財なくんば事業保ち難く 事業なくんば人育ち難し

(後藤新平)

という言葉がある。人材育成の重要性を説いた名言である。

西武王国に君臨する堤会長は役員・社員について、「君たちは、私の言ったことを忠実にやればよい」と言っていたそうだ。、考えたり、判断するのは私だけでよい、すなわちロボットになれというのだ。

責任の所在が明確である点では、堤会長のようなワンマン経営は利点が多い。組織経営が万能というが、わが国の場合は、組織の利点より、欠点が多く、とくに責任の所在が不明確である。不明確と言うより、トカゲのシッポ切りが多く、真犯人の大御所は下部へ責任を擦り付けてしまう。

本来、組織は対外的な機能を、より効果的にするために機構化したものである。

ところが一旦、組織ができてしまうと、本来の機能・目的はそっちのけで、内部の利害を最優先させ、組織のための組織になり、自己目的化してしまっている。

組織の盛衰―何が企業の命運を決めるのか

組織の盛衰―何が企業の命運を決めるのか(堺屋太一 著)是非お読みください。

自己目的化した組織は、組織機能を活かせず、結果的にはそのリーダーのワンマン体制が出来上がってしまう。

組織があるにも拘らず、ワンマン体制を助長している要因には、日本人特有の国民性がある。「長いものには巻かれろ、さわらぬ神にたたりなし、泣く子と地頭にはかなわぬ」の類である。

また、“協調性”という美名による

付和雷同

和を以て貴しと為す

の意味をはきちがえ、都合よく大義名分にして、出る杭をたたく。だから、組織に帰属しているサラリーマン達は、“上”に逆らってまで、火中の栗は拾わないし、雉も鳴かずば打たれまい、と身の安全を優先させる。だから人材が育たない。ましてや内部告発は余程の覚悟がいる。

渡り鳥が大きな群をなして飛んでいる光景をみると、わたしはいつも感動する。リーダーの誘導に一糸乱れず、体制を即応させる。遠く長い旅のすえ間違いなく目的地に到着する。見事だ。

渡り鳥の群れの姿は、日本人社会の姿と似ている。

群れをなすのは、渡り鳥だけではない。サルや他の動物に多くみられる。動物たちは自然の生態系に組み込まれて溶け込み、共生している。そのリーダーたちは自然界を熟知し、外的に対しては先頭に立って猛然と闘い、集団の生命を守り抜く。だからメンバーはリーダーを認め、従うのだ。

人間社会のリーダーたちはどうだろうか。メンバーを守るという責務はサルやその他の動物となんら変わりない。動物の場合は体力腕力体格が必須条件になる。

人間の場合は、知力だろう。しかし、知力だけでもない。人格・性格・思想・哲学等々全人格的なものが要求される。すなわち、人格・識見・能力の三拍子が揃っていなければならない。

タイタニック(ドキュメンタリー映画)、八甲田山死の彷徨(新田次郎 著)が物語るようにリーダーの判断ミスがメンバー全員の死を招く。リーダーの責任は絶大なのだ。

800万人のユダヤ人を虐殺したアドルフ・ヒトラーや太平洋戦争へ導いた東条英機首相等々のリーダーに国民は傾倒してついていってしまった。

人間は所属する集団の中から自分たちの強力なリーダーの出現を待望するものである。

そして一旦リーダーがきまれば、あるいは現れれば、そのリーダーをメンバー

が祀り上げ、勝手に観念のなかで自己培養をはじめる。発酵作用とよく似ている。

すなわち、メンバーは我等のリーダーに憧憬を抱き、やがてリーダーを英雄視し、神格化してしまう。結果的にリーダーは独裁者に変貌する。

こうなると、メンバーはその独裁者に絶対服従しなければならなくなってしまう。人間の社会心理は、なんともいえない不思議な循環メカニズムをつくりだすものだ。

こうして考えてみると、ヒトラーは、東条は極悪非道な独裁者だ、というが、それを選んでリーダーにすえたのは国民なのだ。国民は「騙された、まさかこうなるとは」と後になってから言うが、その国民に責任がなかったかといえば、なかったとは言えないのではないか。

―「伊丹万作全集」 第一巻 戦争責任者の問題 筑摩書房 −是非ご一読くださいー

いま西武王国の堤会長は冷たい塀の中で法の裁きを待っている。彼は父の遺志を継ぎ、47年間の生涯をかけて、何万人の従業員を養い、それなりに社会貢献をしてきた。

わたしは彼が法を犯したとはいえ、同情的な気持ちをもっている。なぜなら、、彼は、総理大臣のように自らすすんで名乗りを上げ、立候補して選ばれたのではない。

父の指名で遺志を継がされたのである。運命だった。

堀江と堤、この二人のリーダー、いずれも株式市場の舞台を、今賑わせている。

かたや守旧派の雄、かたや新進若手の雄、この二人、何か対象的である。

栄枯盛衰は世のならい。人生とは無常である。

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