時事コラムを中心に、社会評論エッセイや名言・格言・諺の解説を掲載

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原野辰三の社会評論エッセイ

ドイツの歴史認識

結び

ドイツは過去とどう向き合ってきたか

これまでお話ししましたように、ドイツ人は、多額の費用と時間、エネルギーを投じて、過去との対決を行ってきました。その結果、ドイツは完璧とは言えないまでも、歴史リスクを低い水準に抑えることに成功しています。

また、かつてヨーロッパにはドイツについて悪いイメージがありましたが、戦後のドイツは、そうした先入観を払拭することに成功しつつあるようです。

アメリカの市場調査機関、ハリス・インターアクティブが去年行った、ドイツ人のイメージに関する調査によりますと、かつては不倶戴天の敵だったフランス人の回答者の70%が、「ドイツ人について良い印象を持っている」と答えています。

もしもドイツが過去との対決を怠っていたら、東西ドイツが統一される際に、フランスやポーランド、オランダなどの周りの国々は、ヨーロッパの中心に大国ドイツが復活することについて、強く反対していたはずです。またドイツはボスニアや、アフガニスタンなどに平和維持軍を積極的に派遣していますが、過去との対決をおろそかにしていたら、ドイツ軍の国外への派兵についても、懸念する声が強くなっていたに違いありません。

ドイツは1999年に、コソボでのセルビア軍による虐殺や住民追放などに歯止めをかけるため、nato(北大西洋条約機構)がセルビアに対して行った軍事攻撃に参加しました。ドイツが戦後、他の国への攻撃に加わったのは、初めてのことです。

ドイツ国内の左派勢力は、この攻撃に強く反対しましたが、周りの国々からはドイツの参戦に批判の声は高まりませんでした。戦後60年間の過去との対決を通じて、ドイツがもはや独り歩きはせず、同盟国と共同歩調を取るということを、理解させることができたからです。

現在ドイツは欧州連合のメンバーとして、重要な地位を占めていますが、その前提の一つは、彼らが過去60年間に行ってきた、歴史リスクを減らす努力だったのです。

またドイツは、アメリカのイラク攻撃に強く反対し、現在もイラクには戦闘部隊を送ってはいません。現在のドイツには、市民の間で、戦争や軍隊そのものを嫌う、平和主義が深く浸透していますが、その背景には、ナチスの暴力支配に対する反省があると思います。

その意味で、歴史と対決する努力は、ドイツの国益を守ることに貢献したと言えると思います。逆に言えば、歴史リスクを放置すると、国益を損なう恐れがあります。

私は、ドイツ人の過去との対決の努力には、彼らの国民性の一つである、合理的精神も表われていると思います。ドイツ人は、物事に白黒をつけること、そして論理的な思考を好み、日本人ほど強く感情に左右されません。彼らは、「英霊が犠牲となってくれたから、今のドイツがある」などとは考えず、自国が犯した罪は罪であると認める傾向が強いのです。

ドイツで暮らしてみるとわかりますが、ドイツ人は、日常生活の中では、なかなか自分の非を認めず、謝らない民族です。暮らしの中ではすぐ謝る、我々日本人とは、正反対です。しかしこと歴史問題については、ドイツ政府は、徹底的に謝っています。その背景には、道義的な責任感と並んで、謝罪が国益につながるという、論理的な判断があると思います。

さらに、遺族会や戦友会には、政治的な影響力はほとんどありません。ドイツ人はヨーロッパでも、最も個人主義的な性格が強い民族です。このことも、ドイツ人が過去に犯した罪を、きっぱりと糾弾する上では重要な要素になっています。日本とは異なり、家族や組織、集団のしがらみが比較的少ない社会なのです。

ただし、極右の躍進など、課題は多く残っており、過去との対決はまだ終わっていません。特に、「ドイツ人被害者論」が語られ始め、迫害の体験者が少なくなっていく中、過去の対決についての関心をどう維持するかは、大きな課題です。

過去との対決を語る上で、重要なドイツ語の言葉に、

erinnerungs kulturエアインネルングス・クルトゥーア

という概念があります。直訳すれば

思い起こす文化

ということになりますが、具体的にはナチスが犯した罪や、虐殺事件、ドイツ人の責任を思い出し、心に刻む習慣、社会のありかたを意味しています。

私は今日のドイツ社会の大部分には、この「思い起こす文化」が根づいていると思います。

ルワンダ、ボスニア、イラクで起きたように、第二次世界大戦が終わってからも、「人間が人間に対して狼になる」虐殺事件や、拷問などの人権侵害は、後を絶ちません。その意味でナチスの過去は、ドイツに限らず、世界中の人間に重い問いを投げかけています。

前の世代が犯した罪を忘れずに記憶することは、国家が歴史リスクを減らす上で必要であるだけではなく、すべての人間にとって、未来へ向けての義務の一つだと思います。

ご清聴ありがとうございました。

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