時事コラムを中心に、社会評論エッセイや名言・格言・諺の解説を掲載

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原野辰三の社会評論エッセイ

ドイツの歴史認識

過去との対決・今後の課題

ドイツは過去とどう向き合ってきたか

さてドイツでは、「過去と対決する努力は、まだ十分ではない」という声も聞かれます。

一つは、ネオナチなどの極右勢力の動きです。2004年の時点で、極右組織に属しているドイツ人の数は、およそ4万700人。この国の人口のわずか0・1%にすぎません。それでも、彼らは1990年代に激しい暴力の嵐を巻き起こしたことがあるため、油断することはできません。

1992年には、スキンヘッドなどの極右勢力がドイツ全土で引き起こした暴力事件は、2285件にのぼりました。これは1990年に比べて8倍に増えたことになります。殺害された外国人らの数は、17人にのぼります。

その後警察が取り締まりを強めたことなどにより、極右による暴力事件の件数は大幅に減り、2004年にはおよそ780件となっています。

ネオナチ勢力は、政治活動も強めています。2004年9月に、旧東ドイツのザクセン州で行われた州議会選挙では、ネオナチ政党である国家民主党が、得票率を前回の1・4%から9・8%に伸ばしました。ザクセン州で投票した有権者の内、18歳から24歳の若者の21%が、この党を選んでいます。

経済復興が進まない旧東ドイツでは、失業率が20%近い地域もあり、体制に不満を持つ若者の一部が、ナチスの思想に共鳴しているのです。

極右による犯罪と関連して、ドイツと日本の間に存在する、ナチスに関する見方の違いについて、簡単に触れたいと思います。

ドイツではナチスのシンボルであるハーケンクロイツの旗を公衆の面前で見せたり、右手を斜め前に掲げるナチス式敬礼を行ったり、ヒトラーの著書我が闘争を書店で販売したりすることは、法律違反です。

さらに、「アウシュビッツで大量殺人はなかった」とか、「殺されたユダヤ人の数は、はるかに少なく、600万人というのは嘘だ」などと発言すると、国民扇動罪で罰せられます。

日本におられる皆様には理解しにくいかもしれませんが、ドイツ政府はナチスの思想を絶対悪としており、この点については思想の自由を認めていません。したがって、今日でもナチスの思想をほめたたえたり、その犯罪を弁護したりすることは、タブーなのです。

この認識のギャップの理由は、ドイツ人がナチスの凶悪さを骨身に沁みて知っているのに対し、日本がヨーロッパから遠く離れていることにあります。ほとんどの日本人は、強制収容所などを訪れたり、被害者の話を聞いたりして、ナチスの犯罪の本当の恐ろしさについて直接知る機会を持っていないことが、原因だと思います。

また、「戦後のドイツは、ナチスドイツと縁を切った、全く異なる社会である」という発想が、今日のドイツの原則なのです。ここには、何事につけても白黒をはっきりさせることを好む、ドイツ人の性格も現れています。

また、日本には一部の市民の間に、広島と長崎の原爆被害を、ホロコーストと同列に見ようとする動きがありますが、これもドイツ政府およびイスラエル政府からは、批判されています。ヨーロッパでは、殺人工場を作って600万人のユダヤ人を虐殺した犯罪は、「歴史に例がないもの」というコンセンサスが出来ています。

したがって、これを他の虐殺と同列に見ることは、ホロコーストの相対化、矮小化につながるとして、批判されるのです。広島と長崎の原爆被害がいかに悲惨なものであっても、ホロコーストと同列に語ることは、ヨーロッパやイスラエルではタブーになっています。

このことは、日本では意外と知られていないので、日本人がホロコーストについて語る時には、注意する必要があると思います。

さてドイツが統一されてからは、一部の知識人の間で、過去と対決する努力を、疑問視したり、「ドイツ人も被害者だった」という視点を強調したりする動きが見られます。

たとえば1998年にマルティン・ヴァルザーという作家は、ある講演の中で「マスコミによってナチスの犯罪を何度も見せられると、目を背けたくなる」と述べ、過去との対決がドイツ人の頭を抑えこむために利用されていると主張しました。

この発言は、ドイツの有力な知識人が、戦後初めて、過去との対決の努力を公然と批判したものとして、重視されています。

この講演以降、「ドイツ人は加害者だっただけではなく、被害者でもあった」という主張をこめた本が、次々に出版されるようになりました。

たとえば、ドイツでクローズアップされているのが、ドイツ市民の追放問題です。現在はポーランドの一部であるシレジア地方や、現在ロシアの一部である東プロシャ地方は、かつてドイツ帝国の一部でした。戦争の後半から戦後にかけて、現在の中部ヨーロッパ、東ヨーロッパからおよそ1700万人のドイツ人が追放されて財産を失い、その内211万人が死亡したり行方不明になったりしています。

この問題を追及することは、統一前のドイツではタブーでした。しかし現在では、この問題が以前よりも積極的に議論されるようになりました。

つまり、ドイツが統一によって、戦後初めて国家主権を回復して以来、これまでタブーだった「ドイツ人被害者論」が、社会の一部で頭をもたげているのです。まだ社会の少数派であるとはいえ、統一前には目立たなかった動きです。

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