原野辰三の社会評論エッセイ
ドイツの歴史認識
ただいまご紹介に預かりました熊谷と申します。本日は、「歴史リスクを乗り越える会」の創設という重要な節目に、講演をする機会を与えて下さり、心から感謝いたします。
はじめに
ドイツと日本の戦後の歴史には、似ている点がいくつかあります。二つの国はともに、第二次世界大戦で敗れ、連合軍に占領されました。また周りの国々から、「戦争中に、他の国民に対して残虐行為を行った」として、強く批判されたことも、似ています。しかし戦後の日本とドイツは、過去とどのように向き合うかという問題については、異なる道を歩んできました。
私は、ドイツと日本の「過去との対決」を単純に比較することはできないと思います。その理由は、二つの国が戦争に至った背景、二つの国が戦後に歩んできた道のり、そして残虐行為の規模や動機に大きな違いがあることです。
たとえば、ナチスは、数100万人の市民を、列車で絶滅収容所に送り込み、ガス室を使って、まるで工場の流れ作業を思わせる組織的、計画的な方法で殺害しましたが、このような犯罪は、アジアでは行われませんでした。
ただし、ドイツと日本という二つの敗戦国が、いま置かれている国際環境を、比べることは、可能だと思います。特に「歴史認識をめぐるトラブル」が、ヨーロッパとアジアでどうなっているかを比べて見ますと、そこには大きな違いが浮かび上がってきます。
現在のヨーロッパは、過去2000年の歴史の中で、最も平和な状態にあります。ドイツは欧州連合の一員として、周りの国から信頼されており、日本のように深刻な「歴史認識をめぐるトラブル」を抱えていません。
去年中国で、日本の歴史認識を理由にした反日デモが起きました。これに対しヨーロッパの各地で活動しているドイツ企業は、歴史認識を理由としたデモを恐れる必要は、ほとんどありません。
ドイツの首相が特定の宗教施設を訪問することによって、周りの国々との関係が悪化したり、首相が外国政府から批判されたりするという事態も、起きていません。
かつて戦争を繰り返し、犬猿の仲だったフランスとドイツは、欧州連合の中で最も強い友好関係で結ばれています。やはり敵国同士だったポーランドとドイツの関係も、急速に改善されています。
つまりドイツ人たちは、半世紀以上にわたる理論武装と実践によって、周りの国々から批判される理由を、減らすための努力を続けてきたのです。
これに対し、いま日本と中国、韓国の関係は、歴史認識が原因となって、深刻な状態に陥っています。
欧米の有力な新聞には、中国や韓国政府の要人が、「日本は真剣に過去と対決していない」と発言したことを報じる記事が、時々掲載されます。
しかし日本政府が、説得力のある反論を行っていないために、海外では、日本の主張は理解されていません。これに対し中国や韓国の主張が、次第に「事実」として受け止められつつあります。
日本政府が過去に謝罪してきたことは、海外ではそれほど注目されていません。むしろ「日本は歴史を美化し歪曲する国」というイメージが、欧米の政治家、財界関係者、ジャーナリストの間で、定着しつつあるのです。
ドイツが、他の国からの批判に対抗するために、堅固な鎧をまとっているとすれば、日本は無防備であり、丸裸に近い状態ではないでしょうか。
日本人として、私はこのことを大変残念に思います。
私は、戦争の歴史について、周りの国との間で、共通の認識を持たず、自国の歴史のマイナスの部分を、若い世代に伝える努力を、十分に行わない国は、大きなリスクを抱えると考えています。それは過去の歴史が、今日の外交や経済関係に悪い影響を与えるというリスクです。
たとえば、歴史認識の問題が、首脳会談の実現を妨げたり、他の重要な議題について話し合うことを妨げたり、民衆を反日デモに立ち上がらせる口実として使われたりすることは、皆様もご承知の通りです。企業にとっては、戦争中の振る舞いをめぐって、民事訴訟を起こされて、イメージに傷をつけられたり、不買運動を起こされたりする恐れがあります。
しかも歴史リスクは、時間とともに拡大し、解決が困難になります。残虐行為に関する証人らの数が少なくなるため、客観的なデータに基づく検証が、難しくなっていくからです。
ドイツは10カ国と国境を接しており、資源に乏しいため、貿易に依存しています。こうした国が生き残るためには、過去の問題と積極的に取り組むことが、不可欠だったのです。
この結果、ドイツが抱える歴史リスクは、日本よりも小さくなっています。
もちろん、歴史認識は感情にからむ問題ですから、どんなに過去と真剣に取り組んでいても、かつての被害者から批判される可能性はあります。
それでも、ドイツのように過去の問題に執拗に取り組んできた国は、他の国から批判された時に、「自分たちは、これだけの努力をしてきた」と言って、具体的な証拠を見せながら、論理的に反論することができます。
ドイツが歴史リスクを放置していたら、ベルリンの壁の崩壊後に、東西統一があれほどスムーズに実現することはなかったでしょう。また、ユーロ導入を初めとする、ヨーロッパの統合過程も、現在ほど進むことはなかったでしょう。
では、ドイツはどのようにして、歴史リスクを減らす努力を行ってきたのでしょうか。








