原野辰三の社会評論エッセイ
地球政府樹立を提言する
地球資源は誰のものか
現代は単一の価値観で地球は回転している。すなわち地球は資本主義経済文明一色だ。
しかし、その文明社会には多くの問題がある。その問題を論う(あげつらう)までもなく、私はこのブログで言い尽くしてきた。
それを纏めてみると地球上には以下の大問題がある。
戦争の問題・環境の問題・富の寡占化と貧富の格差の問題・破壊・殺戮・難民・地雷・ウラン・大気汚染・海洋汚染・温暖化・旱魃・洪水・食糧・水・人口・廃棄物・ゴミ・飢餓・伝染病・失業・格差・貧困・犯罪等々...。
地球を俯瞰すると阿鼻叫喚の様相を呈している。これを一言集約すれば“弱肉強食”の地獄絵図さながらである。
それらの諸悪の根源は現代文明社会の資本主義経済社会システム(自由競争・市場原理・大量生産・大量消費・大量廃棄)にあり、また地球環境が危機に直面している問題を併せて考えたとき、このシステムはすでに適合しなくなったと私は断言する。
そうでありながら、人々はこの社会システムの上で蠢き合いながらも否定せず、新たな道を模索することもなく、ただ単一価値観の中で閉塞感だけが重く圧し掛かっている。
資本主義経済文明が開化したのは、産業革命後であることはすでに述べたとおりだが、丁度そのころイギリスの哲学者・社会学者のハーバート・スペンサー(1820-1903)が「社会進化論」を発表し、いわゆる社会ダーウィニズム(適者生存・優勝劣敗)を説いた。
スペンサーはとんでもない大きな過ちを犯した。生まれながら障害者はこの世の不適者とでもいうのか。そして人間様だけが地球上の別格者か。
すなわち、自然界の摂理を人間界のメカニズムに導入しながら、一方で人間は自然界の一部であり、他の生物の一種にすぎないことを見落とし、そして地球自然界における生態系の連関の中でこそ人間を含む生物が生存できるという認識を欠落していたのだ。
つまり、人間の欲望を掻き立て競争を煽ることで優勝劣敗がきまり、そこで淘汰されて生き残ったものが適者だと考えたが、そのことがそもそも不平等・不公平を是認し、また戦争の元凶になり、地球環境を破壊する元凶になることを理解できなかったのだ。
ともあれ、資本主義思想と社会ダーウィニズムは同根にあり、それが相呼応して資本主義文明を開化させたのであった。
資本主義文明社会は社会ダーウィニズムとともに自由主義が支えた。その後民主主義制度が加わり今日に至っている。
その間、民主主義体制の中で民衆の人権意識の高まりと労働運動、ならびに社会主義思想の影響もあって社会福祉政策を一部だが採り入れた。
しかし、資本主義社会は基本的には社会ダーウィニズムと自由競争と市場原理による社会であり、その本質は変わることはない。
つまり、その本性をいかんなく発揮し、世界を軍事力とマネーの力で支配する米国型資本主義のグローバリズムが国境を越え、資本の独占と寡占化が進み、富は集中し、格差社会が深く広がり、先に述べたような弱肉強食に歯止めがなくなってしまったのである。
私は思う。
人間は以下に述べる三つの大きな過ちを犯した。
第一は、先に述べたように人間も地球自然界の生態系の中で生存する生物の一種であるという認識が不足していた。
第二は、地球資源を収奪する為に殺し合い奪い合った。すなわち国家が戦争や軍事力で他国を植民地化したり侵略して領有し収奪した。また国家と企業が一体となりマネーの力で採掘権等の権利を取得したりした。その上、自然の生態系を無視し自然破壊し続けた。
第三は、人間は「欲望と自由競争と市場原理」が進歩発展の原動力になるというテーゼを唯一のパラダイムにした。
とくに第二の地球資源(森林植物、湖沼河川資源、海洋資源、鉱物資源等々)を軍事力で優位な国家が収奪をしてきたことは地球人類にとって最大の過ちである。
地球資源は地球の摂理によって46億年という歴史的な悠久の時間をかけて作られたものであり、間違いなく人類の共有財産であると私は強く訴える。
地球の皮である陸・海洋は誰の物でもなく、人類の共有財産であり、誰であれ私有化する権利はない。
地球も地球資源も人間がつくったものではなく、つくれるものではない。
だから、地球は天地創造の神が創ったものだという。だとしたら地球資源は神の恵みである。
人間も神によって創られたものだとしたら、人間が神の意思に反して私物化することを神は許さない。






