原野辰三の社会評論エッセイ
大本営発表
ジャーナリズム
わたしが最も言いたいのは、マスコミの受け手である視聴者国民側がもっと賢くならないといけないと言いたいのだ。
とにかく世間では「テレビでやっていた、テレビで言っていた、新聞に書いてあった」、等々あたかもそれが真相であり、正しいかのように、無批判に受け入れてしまう。
例えば街のインタビュー場面をみていると、大抵は、マスコミの受け売り発言。殆どが新聞の見出しやテレビニュースのテロップを、中身も知らずに、オウム返しに言っている。
マスコミについて、もっと重大なことは、「報道されていない真実が多い」ことである。報道されないと知る由がない。実際はこんなことが起きているのに、またこんな真実があったのに、報道させない、報道しない。これは歴史上多くあった。今日でも多々ある。
現在イラクで米軍が戦争をしているが、米政府は完璧な報道規制を布いている。理由は“軍事機密上”なのだ。サマワにおける日本の自衛隊についても殆ど現地情報はない。報道規制が行われているからだ。
特にわが国の場合、昔から官は民に対して「知らしむべからず、依らしむべし」といって、国民には何も知らせるな、という体質がある。
フリーのジャーナリストにはジャーナリスト魂をもった本物が多い。この人たちの存在があるから、私たちは真実を知ることができるのです。
有名な戦場カメラマンのロバート・キャパなど、真実の報道に命をかけるジャーナリストには頭が下がる。日本では最近イラクで銃弾に倒れた橋田信介さん、小川功太郎さんなど立派な人を失った。大変残念である。
真実を報道することに心血をそそぐジャーナリズムを現在の新聞社や放送局に期待すること自体、そもそも幻想にすぎない、と言わざるを得ない。








