原野辰三の社会評論エッセイ
狼少女 カマラとアマラ
明治維新以降の造語翻訳
とくに明治維新の文明開化以降の造語翻訳は日本人にドラスティックな意識変革をもたらした。
漢語、和語、ひらがな、カタカナに加え、最近では外国語や外来のカタカナ用語まで表意文字、表音文字が入り混じり、多種多様の言語文化を有している。
言葉にも新語が生まれたり、死語になったり、長い歴史の中で盛衰がみられる。これは社会の変化に伴っている。
昨今はやたらとカタカナ用語が多用され、それも矢継ぎ早に新規参入してくる。
仮にどこかの孤島で暮らし、新聞ラジオテレビはもちろん一切社会の情報から隔絶された生活をしたとして、一年後に戻ってきたら、わからない言葉がどれぐらいあるだろうか。考えてみると浦島太郎になるほどの怖さがある。
マスコミやビジネスで用いられている言葉ならまだしも、これがコンピュータやit関連用語となれば、用語辞典の説明を理解するために、またその用語辞典がいる。
私の場合、幸いというかお蔭でというか、早くからと言っても10年前だが、財務や企業分析、格付けや、また経営管理等でpcと多少関わったので、どうしてもコンピュータと仲良くしなければ仕事にならない。だからチョットだけ分かる。しかしその分野のスペッシャリストではないので素人とかわりはない。
カタカナ用語の多用化には賛否両論がある。多用する人の動機・意図が自分の権威づけや誤魔化しや優越感なら、鼻持ちならんヤツである。
しかし、日本語に訳すると、どうしても誤解を招たり、適当な語彙が見つからない事がある。この場合は致し方ない。
言葉は文化だから、他国独特の文化を移入する場合はむしろ変に訳するよりはよいかも知れない。
明治維新から文明開化がはじまり、そのとき物はもちろん、政治、行政、法律、科学技術等々ありとあらゆる制度やノウハウをヨーロッパから矢継ぎ早に移入した。その際それに伴って多くの外国の言葉が入ってきた。
物質名詞ならそのまま使えばよいが、政治、行政、思想、哲学、法律、経済、資本、会社、演説、討論、競争等々、日本にはなかった概念の翻訳となれば、新たに言葉を造るしかない。これを造語というが、福沢諭吉は造語の名人だったと言われている。また、西周、中江兆民の功績も大変大きい。
上記の言葉は福沢諭吉の造語の一部だが、簿記の勘定科目は殆ど福沢諭吉だそうだ。芸術、象徴、美学、自由、民主は中江兆民が、健康は緒方洪庵が、野球、野菜、俳句(以前は俳諧)は正岡子規が造ったそうだ。また、多くの翻訳をした福地源一郎の功績は称賛に値する。
私たちはなにげなく見たり、聞いたり、書いたりして通常の漢字と思っていたが、これらが造語だと知って改めて感心した。
これまで日本にはまったくなかった概念、とくにヨーロッパから入ってきた概念を大量に造語翻訳した福沢諭吉たちの博学、苦心には、ただただ驚嘆するばかりである。
こうして考えてみると言葉は歴史的所産であり、先哲の尊い遺産である。






