執筆者:
原野辰三
投稿日時:2010年07月18日 AM2時10分
テレビに映るお馴染みのシーンだ。(私は、これを米搗きバッタと呼んでいる)
こんな場面を何千回見せ付けられてきただろうか。おそらくは日本だけの日常だろう。
企業といい、官公庁といい、ありとあらゆる団体がこの有様。
今回の日本相撲協会などは、その卑近な例。過去どれだけの問題を起こしてきたことか。
米搗きバッタと同時に、もう一つ問題の始末のつけ方に日本特有の常套手段が見られる。
いわゆる「蜥蜴(トカゲ)の尻尾切りだ。
本当の蜥蜴の尻尾は切っても、しばらくすると再生するが、二度目はないそうだ。生涯に一度きりである。
蜥蜴は二度とこの手は使えないが、人間世界の日本では何度でも使える。
加えて、尻尾切りだけではない。頭のすげ替えもやる。これも何度でもやる。
日本の総理大臣が最も典型的な例だ。
日本という国柄は、尻尾を切って、とりあえず「敵の目をそらし」、次は「頭をすげ替えて、看板を書き換えて新鮮さを演出し」、トドのつまりは「改革します」という「決まり文句」によって、過去は無かったことにしてしまう。
このようなことが日本では当たり前になっている。
それに何の異議もさしはさむこともなく、また、それで良しとすることが常例の国である。
換言すると「一芝居打って」終わりにする。熱が出たら解熱剤を飲み、発熱の原因を突き止めない対症療法で済ます。
大変危なっかしい。
要するに問題の本質を解明せず、現象だけを見て判断する。
未だに日本人は天動説【現象】を信じ、地動説【本質】に背を向ける国民なのだ。
その最たる天動説が日米同盟だ。
そんな国民性が日本を不幸にしている。
カテゴリ :
社会と政治
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