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時事コラムを中心に、社会評論エッセイや名言・格言・諺の解説を掲載

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年6月14日(火曜日) 12時10分18秒

以前、私は社会評論 狼少女 カマラとアマラ −言葉と人間− の項で、井上ひさし氏の言葉の定義について次のように引用した。

「言葉は本質を解明する為にある。しかし言葉はしばしば本質を隠すために使われる」

その端的な例として聖徳太子の言った「和を以て貴しと為す」を取上げたい。

今更、と思うが念のために聖徳太子が定めたと言われる憲法十七条・第一条の全文を記しておく。
 
『和を以て貴しと為し、忤(さからう)ことなきを宗とせよ。人皆党(たむら)あり。また達者(さとれるもの)少なし。ここをもって或いは君父に順わず(したがわず)。また隣里に違う(たがう)。然れども上(かみ)和らぎ下(しも)睦びて、事を論ずるに諧え(かなえ)ば則ち(すなわち)事理自ずから通ず。何事か成らざらん』

松原 泰道 氏【略歴後記】は次のように解説しておられる。(仏教入門―名僧たちが辿りついた目ざめへの路 祥伝社黄金文庫

和を以て貴しとなし、忤うことのないのを第一とする。人は、とかく自分の利害を中心に仲間をつくったり、離れたりする習癖がある。この我執を超える者がきわめて少ない。ために、上長や周囲ともしっくりいかなくなるのである。しかし、和―すなわち因縁の理を明らめるなら、この間のあり方がおのずから明らかになって、すべてのことが和やかに運んでいくようになるのである。

松原 泰道氏は、また次のように書いています。

因縁法による因と縁との出会いの結果を「和」といいます。ゆえに和とは、たんなる「仲良く」ではありません。和を大切にするとは、因と縁との出会い、つまり因縁の法を厳粛に受けとることです。”日本仏教の祖”といわれる聖徳太子が、この因縁法をふまえて「和を以て貴しと為す」と示すゆえんがここにあります。

つまり、自己中心の我執、すなわち自己の利益・立場をごり押しするな。また自分たちだけの利益のために、徒党を組んでごり押しするな。「和」を大切に思うなら、因縁法(原因と結果)、すなわち何故、何故を明らかにするために徹底的に話し合い(議論)をしなさい。ということである。

なんと素晴らしい倫理ではないでしょうか。これこそ民主主義の根本理念ではないでしょうか。

今の政治はどうでしょう。数の論理で徒党を組み、与党集団をつくり、碌な議論もせず、少数意見を議論せず、議会は議論を闘わすところではなく、ただ単なる表決堂(尾崎行雄)になっている。

かつ、議員は各種業界や団体(宗教団体・労働組合等々)の利益代表たちで占められているから、自己の利益だけをごり押しする。それが日本の国会だ。

他方、企業職場では経営側ないし上長が一方的に自己の利益・立場のみだけを上意下達で押し付け、少しでも議論をしようとすれば協調性を持ち出し、「和」を乱すと断罪する。(JR・三菱自工・三菱地所マテリアル・三井物産・雪印・銀行のバブルetc殆どの企業や組織がそうだ)

議会でも会社でも、自分たちの論理を押し付ける際に、必ず持ち出すのが、
「和を以て貴しとなす」である。

彼らはこの「和を以て貴しと為す」を自分で都合よく解釈し、その誤った解釈を押し付け、我執のために、悪用しているのである。(そうして出来たのが談合組織であろう)

聞く側、受身側は、これまた長年の誤解で、「和を以て貴しと為す」を大義名分にされると、不承不承ながら承服してしまう。

日本では政治・議会・企業はもとより、隣近所、親戚家族兄弟に至るまで、議論そのものを「もめごと」と看做す。そして議論しないことが美徳とされる。

また、「もめごと」に対しては必ず、時の氏神が現れ「喧嘩両成敗」とわけのわからん大義名分をいい、「まあまあ、仲良くしなさい」といって黒でも白でもない灰色にして両者を引き分けてしまう。結果、結論をあいまいにして、というより、結局は強い側の有利に終わらせてしまう。

仲裁に入った人に対しては「あの人は物分りがいい」とか、「あの人は温厚で温和な人だ」と日本人特有の高い評価をする。

私は”温厚な”と言う表現が大嫌いである。温厚な人といわれる人を見てきたが、殆ど、

自我が確立していない人、すなわち自分の主義・主張・定見のない人、
なんでもあいまいにして一時しのぎで逃げる人、
その場その場の雰囲気に合わせて適当な絵を描く人、
一見物分りの良さそうな言葉を発し問題の先送りをしてしまう人、
要は聖徳太子が言う事理を明らかにしない」人で、
本当は卑怯な人のことである。

聖徳太子のいう「和を以て貴しと為す」は「事理を明らかにすれば、争い事は収まる」という意味である。しかし殆どの日本人は意味を吐き違い「事理を明らかにしようとする人を“理屈やで協調性がなく、和を乱す協調性のない人”と逆の解釈をしている。

その上この誤解釈が定見になり、日本人の意識行動の原点になっている。その結果「あいまいな日本人」として世界から言われているのだ。

また、日本人は口癖のように「上の人」とよく言う。日本の封建的な精神構造が未だに根強く残っている。そして「上」に同調しないと「協調性がない、和を乱す」となる。

物事の正否・善悪、すなわち“事理”に、上も下もない。はなから縦社会の論理で、もの事が決められるのであれば、議会も議論も無用の長物である。

このような日本人の意識構造が変わらない限り、日本の民主主義社会はまだまだ遠い。

今一度、「和を以て貴しと為す」の本来の意味を理解してほしい。

松原泰道略歴1907年、東京生まれ。
早稲田大学卒業後、岐阜県瑞龍寺で修行。
77年まで東京・龍源寺住職。臨済宗妙心寺派教学部長、全国青少年教化協議会理事、「南無の会」会長等を歴任。
現在も著作に講演に、旺盛な布教活動を続けている。
一大ベストセラーとなった「般若心経入門」など、著作多数。

私は松原泰道氏の大ファンで殆どの本を読ませていただきました。
私のような、なまくさい愚かな者にでも仏教をわかり易く書いてくれています。
私は宗教哲学には興味があります。しかし特定の宗教団体や宗派の信者にはなれませんが松原先生の本にはいつも心が洗われます。
本ページをかりてお礼を述べさせていただきます。

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