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時事コラムを中心に、社会評論エッセイや名言・格言・諺の解説を掲載

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年9月30日(金曜日) 10時41分28秒

今から約30年前の某新聞の声欄につぎのような投稿記事があった。

「日本人の“酒”のマナーの悪さは大迷惑である。それなのに日本人は酔っ払いには寛大である。何故こうまで寛大なのか理解に苦しむ。決して“酒”の上だから許されるものではない」

ざっとこんな記事だった。酒宴は「無礼講で」とは日本の悪しき風習である。

私自身もそのような酒乱場面に何度も遭遇した。

ある日、帰途につく車内で酔っ払いが大声を上げ、誰かれとなく絡む。私はいたたまれなくなって「静かにしろ!」と一喝した。

ところが私の隣の男が「酔っ払っているのにそんなことを言ってやるな」と逆に私が注意されたのだ。

私は隣の男ようなヤツに言っても無駄とは思ったが「酒を飲んだら周囲に迷惑をかけてもいいのか、酒を飲んだら許されるのか」と反論した。

その相手は「まあまあ」と私をなだめに掛かった。

日本人は何事も「まあまあ」で事を済ましてしまう。

また「まあまあ」と言って事を済ます人を「“温厚な”、“物分りのよい”“立派な人”」と思うらしい。

要するに事なかれ主義が立派な人格者だと思っている馬鹿なのだ。

こんな馬鹿が日本では意外に周囲からうける。

先の車内での出来事の際、私は逆に周囲から白い目で見られてしまったのだ。

私は某大学の合気道部師範になってから、コンパなどでの“一気飲み”を禁止した。

ついでに言うと私は、下級生が師範や上級生に「タバコに火をつけるサービスや、お絞りをサービスする」躾をやめさせた。

また駅頭でガクランを着て出迎えることも禁止した。「ヤクザの世界じゃあるまいし無様だ」と。

しかし、この私の方針に学生OBは「伝統をこわす」として不満であったらしい。

“穏便”・“温厚”は日本人好みで日本人の美徳らしい。

私のような人間は“もの分かりの悪い、うるさい人間”で毛嫌いされる。

人間を愛することの難しさを身にしみて感ずる。

ところで阪神優勝はファンの一人として大いに嬉しい。

しかし、またまた道頓堀で大騒ぎが起きた。

私はいつも思う。彼らは本当に阪神ファンなのだろうか。「祝杯を交わし、祝勝に酔いしれること」と「大騒ぎして傍に迷惑をかけること」とは違うのだ。

人の迷惑も考えず大騒ぎするヤツは只単に「ことに乗じてハメをはずし、大暴れして、日頃の鬱積を爆発させているだけ」の輩で本当のファンではないのだ。

若い人からサラリーマンに至るまで日本人は社会に対する不満や憤りなどを一様にもっていながら、それを解決解消できず、また積極的に行動もせず、内向させ、閉塞感に陥っている。

それが嵩じて母の子殺し、子の親殺しなどの悲惨な事件になっている。事件にまではならずとも心の闇の中でいろいろな悲劇の要因になっているのではないか。

現代の日本社会は、「心の病んだ」一億の人間集団だと思う。

その原因は戦後の教育にあると考えている。

教育の目的を一言で言えば「何が真理かを求める心を育て、何が正しいかを考える力を教える」ことだと断定する。

日本は敗戦で焼け野原になり、食べることすらままならず、貧困に苦しんだ。

そこに朝鮮動乱がおき、米軍の特需によって経済復興の足がかりを得て、引き続きベトナム戦争で再び米軍の特需で経済復興が加速した。

それを足がかりに日本は高度経済成長まっしぐらに只管走り続け、その結果、物が豊かになった。

“物の豊かさ”路線が人間の幸福のすべてであり、この物欲路線に異論を挟むものをすべて排斥してしまったのである。

その最大の誤りが教育であった。いわゆる企業の論理が国家の論理になり教育の論理になった。

すなわち企業が大きくなり儲かれば人間は幸福になる。だから企業にとって有能な人材を育てることこそ教育の根本だとしたのだ。

「何が真理か、何が正しいか」というようなことを考える人間教育は企業にとって邪魔になる。またそのような人間は無能力者よばわりされた。

一億総会社人間になったのだ。

また、すべての親は子供の教育について「少しでも偏差値の高い学校にいれ、少しでも良い大学にいれ、少しでも良い会社に就職させれば」子供は幸福になる。

そして親は子供に「人生はこの道しかない」と狭い一本道に子供を乱入させたのである。

学校の先生もまた「少しでも良い高校へ、少しでも良い大学へ、少しでも良い会社へ」が勤務評定になり、PTAの評価になった。

「何が真理か、何が正しいのか」という教育の根本より、「記憶力テスト・偏差値教育」をしておれば給料が貰えるのである。

「企業の論理=教育の論理」のサラリーマン教員には「国家の歴史に責任をもち、聖職としての教師たれ」という崇高な職業観などかけらもない。物欲主義教育だ。(戦前は愛国主義教育一色で日本を廃墟にしてしまった)

戦後60年のこういった教育の結果が今日の日本である。

教師とは人生の師でもある。だからこそ恩師とよばれる。

“恩師”として「私淑され、感謝され、尊敬される」教師が日本に何人いるのだろう。

人格にふれ、人格からにじみ出る話に感動し、感化を受け、人生の節目節目で思い出す教師は数少ない。

投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年9月29日(木曜日) 22時58分25秒

私は西宮市の甲子園の真近くで育った。

藤村冨美男選手の家の近くだ。

物心ついた時はいつの間にかタイガースファンになっていた。

60年間飽きもせずにタイガース一筋。

今日は四の五の言わず兎に角、喜びを噛み締めたい。

阪神タイガース優勝!おめでとう!嬉しい!

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年9月28日(水曜日) 08時01分44秒

アメリカのワシントンで反戦の母、シンディー・シーハンが逮捕された。

シンディー・シーハンさんは愛息をイラク戦争で亡くし、イラク戦争反対声明を出し、ワシントン広場でブッシュ大統領に抗議を続けていたが、退去命令に従わなかったとして逮捕された。

現在、アメリカではイラク戦争は誤りだったと言う声が58%があり、早期撤退の声が強まっている。

ところでアメリカで起こった9.11事件はブッシュ政権自身が企てた謀略だという説が根強い。

その一つの証拠として、9.11テロで破壊されたビルには4000人のユダヤ人が勤務していたが、その4000人がその日に限って全員出勤していなかったという。

また、アフガニスタンがソ連に軍事支配されていた時代にアメリカはアルカイダのビンラディンを全面的に支援し、深いつながりがあった。

だから、ビンラディンと共謀してビルを破壊させたいうことは推察できる。

テロの報復としてアフガニスタン攻撃したあと、そのテロを支援しているというイラクを攻撃した。

イラク戦争の大義名分はテロ支援国家核兵器などの大量破壊兵器の保有独裁国家だった。

戦争はいつも100%「正義の戦争」である。正義は「その正義に敵対する不正義の存在」があってはじめて生まれる。すなわち「悪の対極として正義」があり、悪に対して善・正があるのだ。

戦争を仕掛けるには大義名分が必要不可欠で、すなわち悪が必要になってくる。

そこで悪がしばしば捏造される。それは歴史が物語っている。

イラク戦争では「大量破壊兵器保有」の大義名文にしたが、その根拠は捏造だった。

では何故、悪を捏造までして戦争をするのか。それは巨額の利得を目論むものが企図するからだ。

ブッシュ政権を強力に支援しているのが軍事と石油関連企業だ。莫大な献金がブッシュになされている。

戦争は人間の生命を奪い生活を破壊する最大の暴力である。

「“マネー”のためなら何でもあり」がアメリカ型資本主義である。

ブッシュの叫ぶ“自由”は「マネー獲得のための自由」である。マネーのためなら人殺しも自由なのだ。

そのブッシュ親分に媚をうり、親分の言うなりになっている小泉が我が日本の総理大臣である。

ヤクザの世界ではその組のテリトリーを島という。その島で商売をさせてやる、または何かトラブルがあれば俺(組)が守ってやる、だから金を払えという。そして絶えず“ムシン”をいってくる。

日米安保は丁度それにそっくりだ。アメリカは暴力団みたいなものだ。

郵政民営化をやれ、憲法を変えて「show the flag」、守ってやるから基地をつくり維持費をだせ、狂牛肉を買えなどなど。

日本人にとってこれほどの不幸はない。

日本の自衛隊がイラクを撤退できないのはブッシュの顔色をきにする小泉のせいだろう。

アメリカにはマイケル・ムーアのような知性と良心をもつ人がマスコミに登場して大いに発言しているが、日本のマスコミはそのような人物を排斥する。

それも大きな不幸だ。

もっと不幸は目覚めぬ国民が多いことだ。

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年9月25日(日曜日) 23時21分59秒

着眼大局、着手小局は囲碁の考え方の基本である。

プロ棋士の打ち方を見ていると、布石において、とくに私のような素人の下手糞が見ていると、何故あのようなところに打つのかさっぱりわからないことがある。

囲碁は隅から戦いが始まる。すなわち着手小局だ。しかしその小局は広い碁盤の全体を視野にいれ、戦略を企てながら布石を打っていく。「木を見て森を見ず」や「細心にして大胆、大胆にして細心」という言葉にも通ずる。

いずれにしても、「着眼大局、着手小局」囲碁の考え方はすべてに通用する。

ところで、日本の政治を見ていると「着眼大局、着手小局」という展望が丸でない。

「大局を見ず、その場凌ぎの誤魔化し」である。また転ばぬ先の杖ではなく、転んでから絆創膏をはる。一時凌ぎの場当たりで、その場その場の絵を描く。

10年20年50年先の国家像やビジョンを国民に提示して、本年はここから着手する、というのが政治家の本来の仕事だ。

それどころかもっと酷いのが「アメリカの言う通りにしなければならない」かの如き主体性のない自民党政治だ。

日本の展望がないのは日本に主体性がないからであろう。日本人が等しくもっている閉塞感も主体性をもてないからでもある。

こんなアメリカの奴隷的な政治をやっている国家は世界の中でも日本だけだろう。

郵政民営化もそうなら、憲法改定問題もそうである。

ヒトラーも東条英機も金正日も独裁者だが、独裁者小泉と比べてみるとどちらが“まし”か。

ヒトラー・東条・金は少なくとも国を他国に売ることはしなかった。小泉はアメリカに日本を売り飛ばそうとしているのだ。

こんな酷い総理大臣は日本の歴史上初めてである。

100年後の日本の歴史教科書には「日本をアメリカに売った最悪の宰相:小泉純一郎」として記載されるであろう。

投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年9月24日(土曜日) 13時34分34秒

秋のお彼岸でお墓に参った。

祖父86歳、父96歳、母92歳で亡くなった。長命の家系だと思っていたら、昨年兄が72歳で亡くなった。

パーキンソン氏病に肝臓がんを併発。兄は某大手電機メーカーで原子力発電の仕事をしていた。

兄は40歳代で白髪になり、50歳代で禿げていた。家系にそのような人はいなかった。

定かではないが、放射能が原因ではないか、という疑念が内輪で話題になった。

我が家の過去帳によると始祖は岡山県の富岡城主とある。

先祖のお墓の「明智院殿義山寶雲大栄大居士」という戒名からして城主であったことは多分間違いなさそうである。

過去帳には、嘉吉の変(嘉吉元年、赤松満祐が足利義教を暗殺)の際に、赤松の家臣であった我が先祖(富山城主)が反対して自害した」とある。

我が家系には信念正義を貫くというDNAがあるようで父もそうだった。私もその影響を大いに受け継いだ。

世間の損得勘定の常識では決して得ではない。得どころか辛酸をなめつくした。

もう少し“お利口さん”になっておけば損はしないのだが、DNAが災いしてそうはできない。

(余談だが、私が若い頃、ある上役から「ゴマを擦るのも能力の一つだ」と注意されたことがる)

その点、自民党や公明党のような国会議員は“利口”な人たちばかりだ。

そんなお利口さんの人たちと比べると、自分には真似できない或る種の羨ましさがある。自分の馬鹿さ加減に自分でうんざりすることもある。

それはともかくとして、国会議員は国家国民の幸福よりも、自分たちや自分自身の利害得失で行動する人が圧倒的に多い。

卑近な例では、「郵政民営化に反対」しながら、総選挙の結果“小泉強し”となった途端に手のひらを返し、“賛成”した議員。

そして、その理由が“民意”に従うというのだ。物は言いようだ。

彼らのいう“民意”とは何なのか。

総選挙の結果を民意というのであれば、得票数でみると“反対”が勝っているではないのか。

彼らのいう民意とは国会議員の“数”である。

しかし、今の小選挙区制度は民意を反映しないシステムであることは以前に述べた通りだ。

得票率が38%で62%の議席を占める小選挙区制に問題があるのだ。

当初、郵政民営化反対派自民党議員らは「信念に基づいて反対する」と言ったのだ。総選挙の結果も国民の意思は“反対”が多かった。

であるのに、自分が損とみるや、己の保身のために“誤魔化しの民意”を持ち出したに過ぎない。

そのうえ「君子豹変する」という言葉を都合よく解釈し、ご都合主義で使っている。

易経では「君子豹変,小人革面」とある。

正しい意味はつぎのとおりだ。

『理想的な立派な人(君子)とは自分の過ちを反省し、自己批判をしながら人格の陶冶に努める人をいう。

決して変節したり、付和雷同したり、勝ち馬に乗り換えたり、阿諛追従することではない。

反対に下賎な人(小人)は節操もなく変節したり、上面の態度を反省したようにつくろう人のことをいう』

世間は格言や名言・諺を自分のご都合で乱用しすぎる。とくに政治家は。

いずれにしても、日本人は自分の刹那的利得(利己主義)で行動する、“お利口”さんばかりになった。

私は先祖の墓前に手を合わせながら、たとえ自分が損であっても平和と社会的弱者のために余生を生きることを誓った。

投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年9月22日(木曜日) 10時41分30秒

今から約50年前、当時の著名な評論家,大宅荘一氏は「日本人は一億総白痴化する」と警鐘を鳴らした。拙文:社会評論「狼少女アマラカマラ−人間と言葉−」より

「一億総白痴化」という警告は一大センセーションを巻き起こした。

しかし、その大宅荘一氏の予言は現実のものとなった。

大宅荘一氏は特に「テレビ」の恐さに警告を発したのだ。

現代社会の国民大衆は「コマーシャルメッセージ」ないし「キャッチコピー」に先導されて動いている。

丁度、渡り鳥が先頭を飛ぶ鳥にリードされて群集が飛行している姿と同じに見える。

戦後経済復興は重厚長大産業と大量生産大量消費によって高度成長をはたした。

大量生産はコマーシャルとキャッチコピーによって大量消費が促された。

その50年間に日本人はじっくりと思慮・思索することをしなくなった。

コマーシャルメッセイジまたはキャッチコピーの良否が判断の分岐点になった。

お笑いの世界では今「一発芸」が受けているそうだ。刹那主義の現われか。

購買行動ならこれでも良い。しかしこのようなコマーシャルメッセイジやキャッチコピーなどマスコミに翻弄され,マスコミにリードされる行動に慣らされた国民は、政治までコマーシャルメッセイジやキャッチコピーを「すべての行動の基準(物差し)」してしまったようである。

大宅荘一氏はそのことに危惧の念を抱いたのであろう。

商業主義的な人間行動心理が政治にも影響し、政治の世界においてもコマーシャルメッセージ・キャッチコピー次第で政権が決定されるのだ。

この度の郵政民営化解散総選挙はそのことを如実の物語っている。

国民の大半は小泉のキャッチコピーに惚れたのである。丁度、プロポーズの言葉だけに惚れて結婚したようなものだ。

すなわち有権者の殆どが「小さな政府とは一体中身はどういうことなんだろうか」とは全く考えない。

また、国民はテレビに多く露出するものに注目する。

しかしマスコミがとりあげることは少ないが、「小さい政府」に反論し真実を訴える政党があった。

『日本は現在すでに世界で最も小さい政府です、国民一人当たり公務員の数は世界の3分の1です』と訴えていた。また学者もそういっているし、統計的にもそうなっている。

だがキャッチコピーに慣らされた大衆の大半は中身については考えようとはしない。

だから、小泉の「官から民へ」というキャッチコピーがうけた。

民とは株式会社にすることだ。民が国民にとって最善というのであれば「官公」はいらなくなる。民でやらしてはならないから官・公がある。

官が“悪い”というのであれば、何故?どうすれば?改善できるのかを考え、まず官を変えれることを先行すべきである。

後藤田正晴氏の下記五訓を実践すればよいのだ。

1.省益より国益を思え、2.悪い報告こそせよ、3.勇気をもって意見具申せよ、4.自分の仕事ではないとは言うな、5.いったん決定が下ったら従え

国民はそんな中身のことを熟慮しない。

要するに国民は小泉の詭弁語録(デマゴギープロパガンダ・スローガン・キャッチコピー・コマーシャルメッセイジ)の「小さな政府」や「官から民へ」などというコマーシャルメッセイジだけで判断し、騙され、日本の将来を危うくしてしまうのだ。

丁度、大東亜戦争前夜と同じ状況である。

とにもかくにも日本は一億総白痴化したとしか言いようがない。衆は愚なり。

この調子で行くと平和憲法が改悪されるかも知れない。

多分次のコマーシャルメッセイジないしキャッチコピーは次のようだ。

1.米国に押し付けられた憲法だ。
2.日本人による日本人のための憲法をつくろう。
3.国際貢献できる憲法をつくろう。
4.時代にそぐわなくなった。

日本人よ、よく考えてくれ!と叫びたいが、どうせ白痴だから無駄か。

護憲派の後藤田正晴氏の死を悼み、国家観を同じくするハト派の宮沢元首相が「がっかりした」と嘆いた。

だんだんと戦争体験者がいなくなった。

また政治家というより、信念を売ってしまうサラリーマン化した国会議員が3分の2も占めてしまった。

日本の行く末が非常に危ない。

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年9月21日(水曜日) 00時05分50秒

自民党きってのハト派後藤田正晴さんが亡くなられた。

護憲派の論客としても知られ、官房長官時代の八七年に「ペルシャ湾への海上自衛隊の掃海艇派遣を主張する中曽根康弘首相に閣僚ポストを懸けて抵抗、派遣を阻止した」ことがある。

また引退後もイラクへの自衛隊派遣に反対、自民党内の憲法改正論議には懸念を示した。

同じ考えで平和と憲法を守り続けた宮沢元首相は後藤田さんの死を悼み「さみしい」さをにじませた。

後藤田さんは小泉氏が首相候補にのぼった時、手を大きく横にふり「あの人は絶対にダメ」と言った。そのインタビューの表情が印象深い。

今日、いみじくも小泉第3次内閣が発足した。

中曽根首相の靖国参拝を撤回させた後藤田さんのようなご意見番がいない現在の自民党に危惧の念がつのる。

たとえ小泉にご意見番がいたとしても、小泉という人間は「独りよがりのナルシスト」だから人のいうことは一切きかないだろう。

しかし、こんな小泉を支持する国民が多いことが一番心配である。日本の将来が危ない。

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年9月18日(日曜日) 01時08分13秒

9月18日は十五夜。中秋の名月である。

私が小学校の頃は縁側でお月様をしながら、母が作ってくれた月見団子を食べたものだった。

当時の日本はまだまだ貧乏な国で暮らしは貧しかったけれど、自然に親しむ心の余裕と豊かさがあった。

誰が謳ったかは分からないらしいが

月々に 月見る月は多けれど 月見る月は この月の月

これ位の短歌が詠める心を取り戻したいと思う。
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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年9月15日(木曜日) 10時33分34秒

日刊ゲンダイはある調査機関のデータを掲載した。

それによると郵政民営化賛成議員に投票した票数より、反対議員に投じた票数の方が上回っていた。

つまり民意は郵政民営化反対が多かったのだ。

小泉は総選挙に圧勝して「国民は郵政民営化に賛成した」と大々的にいっているが事実はそうではない。仮に国民投票しておれば否決されたであろう。

ではなぜ自民党が圧勝したのか。また郵政民営化を争点にしないといった民主党がなぜ大敗したのか。

そこが小選挙区制の問題であり、民意を反映しない選挙制度であることが明らかだ。

ところで大敗した民主党は岡田代表が辞任。次期代表を誰にするのかについて注目されている。

私は民主党のファンでも何でもない。ただし自民党政治が続くことは諸悪の根源である政官業の癒着の改革がでず、国民にとって不幸なことと考えている。

いずれにしても60年間一度も政権交代がないのは世界的に見ても稀で、もうそろそろ日本でも政権交代があってもいいのではないかと思う。

その政権交代を訴えた民主党が期待はずれだった。

民主党は各政党の固定客以外の一般客いわゆる無党派層の票と一部旧民社党系労働組合の支援を取り付けて政権奪取を目論んでいる政党だ。

つまり、大半を無党派層の支持で成り立つ民主党は“ポリシーのない八方美人”政党である。

その時々で浮遊流動する無党派層をファンにしようとしているのだ。

無党派層とはノンポリ層である。ノンポリとは政治に無関心であることだ。

“ポリシー(policy)のない政党”が“ノンポリ(nonpolitical)層”をターゲットにしている。

これほど馬鹿げた話はない。

ノンポリほど「強烈なインパクトのあること」に引かれることを知らないのだ。

ノンポリはもともと自分の主義主張を明確にもっていない。言ってみれば「よく分かっていない」のだ。

「よく分かっていない人」に“論”や“理”を説いても心は動かない。いわば馬に念仏なのだ。

彼らの心を動かすには、たとえそれが大間違いでも、身振り手振りで強烈な印象を与え、納得し易い言葉の力を駆使して訴えることだ。

大衆とはそういうものに引かれる。(ただし、賢い人には通用しないが)

それを最も良く知っているのが小泉首相なのだ。

とくに今回の総選挙はそのことを如実に語っている。

自民党が勝ったのではなく小泉が勝ったのだ。

民主党の次期代表選びを見ていると「そのこと」をよく理解していない。

もし、私が選ぶとしたら小沢以外にないだろう。小沢のような強烈なリーダーシップが民主党に求められているのだ。

民主党内では小沢アレルギーがあるらしい。民主党の若手議員は「自分たちの仲良しグループ」を優先して、「民主党の将来のこと」は二の次のようだ。

これでは自民党に対抗できない。政権交代は100年たっても不可能だろう。

このままだと民主党は分裂し、いずれ自壊することは間違いない。

投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年9月14日(水曜日) 01時26分14秒

日本の教育予算は最低の水準
これは、OECD・経済協力開発機構が、平成14年から15年の世界30か国の教育に関するデータをまとめた結果、わかったものです。それによりますと、公立の小中学校や高校の教員の人件費や施設整備費など国や地方自治体が教育にかける予算は、13兆6400億円で、GDP・国内総生産に占める割合は2.7パーセントでした。これは、OECD加盟国の平均を0.9ポイント下回り、トルコとギリシャに次いで30か国中3番目に低く、最も高いアイスランドのおよそ半分となっています。また、1クラスの人数は、中学校で34人、小学校で28.6人となっていて、いずれも、韓国に次いで2番目に多くなっています。これについて、文部科学省は「各国の状況を参考にしながらより充実した教育体制を整備していきたい」と話しています。

以上NHKニュースより

これが自民党の政策だ。いま地方自治体は国の教育関係費を削減されて公立学校の授業料値上げラッシュ。つまり国民負担の増額だ。

小泉の“小さい政府”とはこういうものだ。

「民でできることは民で」と言った。そのうち、公立学校まで民でやるつもりか。

日本では教育産業が発達している。塾や予備校はたまた専門学校から大学まで。

そのうちに公立学校民営化論が出てくるやも知れない。それこそ「民でできることは民で」だ。

加えて、公的年金を廃止して、年金民営化論まで出てくるだろう。公的年金廃止まではできないだろうが、手薄くしておき、その補完機能を民(生保会社)にやらせる。

すなわち金持ちは民営の生命保険会社の年金に加入するだろうから。いわゆる格差拡大社会だ。

郵政民営化の目的と狙いはそこにある。「民でできることは民で」年金を民営化にシフトさせるのだ。

社会保障・教育を除けば、国家政府は何をするところか。あとは軍事強化だけか。

軍隊を持ってアメリカの軍事下請け国家になることか。

そのために憲法を変えなければならない。だから急いでいる。これが小泉自民党だ。

軍事強化するためには“愛国心教育”を急がねばならない。

そのために教育基本法の改定を急いでいる。教育予算は世界最低水準のままで。

こんな小泉自民党を圧勝させたのも国民だ。

「小さい政府」、「民でできることは民で」という本当の中身を知らずに。

小泉の“言葉”に騙されて。

国民は何故「公がやるべきことを公がしっかりと」と思わないのか。情けない。

教育予算のついでに言っておくが、文化予算も世界で最低水準だ。フランスの3分の1だ。

小泉はオペラ好きで“文化人”ぶっている。“文化人”ぶるなら文化予算を増やしたらどうだ。

えせ文化人め!

“オペラ”好きというより、ただの“怪人”ではないか。

小泉は首相就任演説で「米百俵」の精神を説いた。

意味が分かっているのか。のどから手が出るほど食べる米に困っていたが、その米を売ってまで教育費に使った話だ。

小泉は言うこととやることが一致しないどころか逆である。

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