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時事コラムを中心に、社会評論エッセイや名言・格言・諺の解説を掲載

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2007年9月9日(日曜日) 00時00分15秒

前回に引き続き「国家」について、国民感情から思うことを述べてみたい。

ここで断っておきたい。ここでは学術的な国家論を展開するつもりはない。“国家論”は多分に思想的・政治的であり、学者の理論も多岐にわたり、また歴史的にも変化している。

そんなことは、学者でない私が意見を述べても意味がない。

私は“生活者”の一人として「一体、国家とはなんだろう」という日頃の疑問を述べてみたい。 続きを読む

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2007年8月21日(火曜日) 08時27分57秒

今から約50年前、大宅壮一氏(故人 ジャーナリスト 評論家)は次のように言った。

「テレビに至っては、紙芝居同様、否、紙芝居以下の白痴番組が毎日ずらりと列んでいる。ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億総白痴化』運動が展開されていると言って好い。」

また、松本清張(故人 作家)も「かくて将来、日本人一億が総白痴となりかねない。」と述べている。

このことは日本だけのことではなく、マスメディアが発達した先進諸国共通の問題である。(ヨーロッパでは日本のテレビのように低俗番組のオンパレードというほど酷くはないにしても)

この問題を、フランスの哲学者ベルナール・スティグレールは、「象徴の貧困」と題した著書を出している。 続きを読む

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2007年8月16日(木曜日) 00時12分09秒

昨日のニュース23では「終わらない戦争」というテーマで特集番組があった。

主として、ニューギニア等々の南方各地で戦死した兵士の遺体が、未だに野ざらしにされたまま放置されている問題を採り上げていた。

その戦死者の遺体は約115万人だという。(半藤一利氏談)

しかし、日本政府(厚生労働省)は、日本人の遺骨収集はほぼ完了したとしている。 続きを読む

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2007年5月3日(木曜日) 02時53分06秒

今日の毎日新聞トップ見出しは「改憲賛成51%」次に「9条」理由は少数、とある。
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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2006年9月22日(金曜日) 11時29分59秒

東京都教育委員会が通達で、卒業式や入学式などで、日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱するように義務づけた。

これに対して都立学校の教職員ら401人が義務はないとして、その確認などを求めて訴訟を起こした。

昨日、東京地裁は原告全面勝訴の判決を言い渡した。
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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2006年6月12日(月曜日) 10時33分19秒

今朝のテレビで東京杉並区のある男が「違法建築をして隣近所が困っている」という話題が放映されていた。

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2006年6月11日(日曜日) 23時08分01秒

最近、何かと新聞テレビでは「村上世彰、豪健君彩花ちゃん、シンドラーエレベーター事件とサッカー」一色だ。

ところで昨夜、NHKの視聴者参加特別番組「日本の、これから」があった。

テーマは−アメリカの軍事基地は必要か−だった。

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2006年1月9日(月曜日) 00時03分52秒

最近「一発芸」というのが流行っているそうだ。

どんなものか見たことがないので良く分からない。

「芸」というのだから、「芸」があれば,それはそれで良し。

しかし、どうせレーザーラモンHGの「フォー」みたいなものを「一発芸」というのであろう。

最近の“芸能人”と呼ばれている人を見ると、少々疑問に思う。

皮肉たっぷりに言わせてもらうと、芸が無いから「芸NO人」と呼ぶようになったのかと思うことがしばしばである。

また、タレントとは“足らん”から、「タラン人(と)」ではないか。

特にお笑い(?)がお粗末になった。つまり笑いに哲学がない。

哲学のない芸なら動物でもする。動物のほうが余程感動的である。

ではなぜ、いま文化が退廃し、刹那的・下劣な見世物が横行するようになったのか。

それはテレビ文明の所産であろう。

たとえば、古典落語などは元来の原台本どおりに演ずれば一時間ぐらいかかる。

テレビはそれを許さない。テレビで落語を演じるときは台本を短く編集する。

何事も効率化・時間短宿・スピードを追求する時代である。

その延長線上に出現したのが「一発芸」であろう。

とにかく、現代の人は「忙しい、忙しい」のである。「忙」という字は心を亡くすと書く。

じっくりと本を読み、じっくりと芸術を鑑賞したり親しんだり、じっくりと物を考えることをしなくなった。つまり心を亡くしたのである。

そうなった社会的背景ないし要因は多々ある。

その一つは先のテレビであるが、何よりも成長経済と経済効率優先が社会のベースにあることがその最大の要因であろう。

すなわち、日本の「長時間労働」と「効率化による促成栽培主義」によって、時間の余裕が失われ、何事もせっかちになり“即席結果”を求める時代なのだ。

1960年以降の社会は「即席ラーメンと促成栽培植物で腹を充たす社会」だといっても過言ではない。

現代の刹那主義はこのような社会的背景のもとで蔓延していったのであろう。

一発芸はその申し子である。

お粗末になったのがお笑いの世界だけならまだしも、政治の世界や教育までもがそうなったところに日本の不幸がある。

たとえば、下記の「小泉キャッチフレイズの一発芸」で自民党が圧勝したことを見れば明らかである。

「米百俵の精神」(実際は逆で義務教育費を削減 かつ教育予算はGDP比先進国で最低)「自民党をぶっ潰す」 (自民党内派閥争い、橋本派つぶし、角福戦争の怨念)
「三方一両損」 (国民庶民だけが損をした)
「三位一体」 (自治体への補助金を削っただけ。税源移譲はせず)
「国際貢献国際協力」 (イラクへ派兵ー憲法に抵触)
「自衛隊がいるところが安全地帯」 (イラクへ派兵ー憲法に抵触)
「構造改革なくして、改革なし」 (郵政民営化ー国民にとって不利益ー米国の強い要望)
「小さな政府」 (郵政民営化ー国民にとって不利益ー米国の強い要望)
「民でできることは民で」 (郵政民営化ー国民にとって不利益ー米国の強い要望)
「国民の意思を問うてみたい」 (参議院で否決されたのに衆議院を解散強行)
「たった一つのことで他の国がとやかく言うのはおかしい」 (靖国参拝ー歴史認識欠如)
「人の心の問題を他の国が批判することは理解できない」 (靖国参拝ー歴史認識欠如)

以上まだまだあるが、この小泉のキャッチフレイズないしワンフレイズに一発好きの国民が拍手喝采して自民党が圧勝したのである。

小泉は日本の国民を知り尽くしている。

裏返すとそれだけ国民を騙すテクニックに長けているのだ。

それをもう一度裏返すと国民は愚弄されているのである。

私はこのブログで何度も書いてきたが、「キャッチフレイズだけで政治政策の中身・内容を判断する国民」の側に問題がある。

大半の国民がそうだから小泉のような最悪の宰相が我が物顔で我がまま放題で、アメリカの要望と財界の利益に貢献し、国民の利益に背を向けた政治が罷り通るのだ。

国民にとっては不利益ばかりで、何一つ利益になったものはない。

もう一つ、「国民がキャッチフレイズで物事を判断する」ようになった要因に「商業主義のコマーシャルに飼いならされた」ことを見逃せない。

朝、目が覚め寝るまで目にするもの耳にするもの至るところでコマーシャルが氾濫している。

コマーシャルの映像や音声や言葉(キャッチコピー)は実に巧妙で人間の心理を動かす最高の技術を持っている。

その商品のイメージづくり、購買心理に絶妙の技を駆使して我々に訴えかけてくる。

お正月の百貨店での福袋争奪合戦を見ていると、中身はどうでもよいのだ。“福袋”という名のコマーシャルに踊らされているに過ぎない。浅はかというか卑しいというか情けない。

このように巧妙なコマーシャル技法を小泉政権が上手く活用して自民が圧勝したのである。いわゆる小泉劇場と呼ばれるものだ。

国民の命と暮らし、国の将来、子供の未来を“テレビの一発芸”で良い悪いを判断することを危惧してやまない。

今、憲法論議が盛んである。

そこで、憲法改正(?)論者の一発芸を披露しておくと次のようだ。

「自分の国は自分が守ろう」
「国際協力、国際貢献できる国になろう」
「自分の国の憲法は自分の国でつくろう」

この“言葉”には誰も反対する人はいないであろう。私自身もそう思う。

しかし、この言葉だけで憲法の改定を判断することができるだろうか。

先の三つの言葉はあくまでもコマーシャルメッセージである。

憲法は商品ではないのだ。日本の将来を左右し、子供の未来が掛かっている大問題なのである。

それをこんな簡単なキャッチコピーで国のかたちをイメージ化をしたり、判断することは絶対にあってはならない。

問題は憲法のどこをどのように変えるのか。

なぜ、そう変えなければならないのか。

変えた後日本はどうなるのか。

変えた後、なにをどうするのか。そうすれば日本はどんな国になるのか。

等々を徹底的に議論すべきである。

ところが、先のコマーシャルメッセージだけがマスコミで大きく取り上げられ、国民の側も内容を時間をかけてじっくりと考えることをしない。

つまり、賛成反対双方の意見に耳を傾け十分に思料することは残念ながら期待できない。

先程のコマーシャルメッセージでイメージを植えつけられているからである。

だから、多分《「自分の国を自分で守る」「国際協力国際貢献」「自分の国の憲法を自分達でつくる」ことのどこが悪いのか》式になり、反対意見には耳もかさないだろう。

「一発芸が受けている世相」と「小泉語録で政治が動かされていること」とは根が同じなのである。

兎に角、イメージで、すべてが決定づけれる。(イメージとは見た感じ、聞いた感じ)

つまり,イメージで、ことの良否、善悪、正否を決定づける。その先入意識が固定観念になる。固定観念は思考を停止させてしまう。思考停止は他の意見を「聞かず無視し拒絶反応する」のである。

これでは非科学的な宗教と同じである。政治は宗教と違うし、また演劇ではないのだ。

「ものごとの良否、善悪、正否を考える」ということは「科学する」ことにほかならない。

科学的なものの見方、考え方をせずして、キャッチフレイズなどのイメージで政治の良否、善悪、正否が判断されるようでは、たまったものではない。

このようになったのは、戦後60年間、為政者が支配をし易くするために、フリーメーソンの3S政策手法で国民を一億総白痴化教育政略を推進した結果である。

今、イメージキャラクターグッズが大変人気があり、よく売れている。

これが日本の衆愚政治の素顔である。平和憲法が危ない。

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年12月24日(土曜日) 16時30分14秒

年末になると例年、「○○年(代)の世界はどうなる」といった本が書店に並ぶ。またテレビ番組もある。今年、私はまだ見聞きしていない。

そこで、私なりに考察してみた。

物事を考える場合は何事も歴史的に捉えることが肝要で、未来は過去の検証せずして語れない。そのように考えて来年の予測を試みた。

題して「2006年の日本はどうなる」

結論から先に言っておきたい。

すべてにおいて、ますます悪くなる。

すべてとは、国民の暮らしと安全のことである。

理由はただ一つ。「自民党を中心とするオール与党政治が続き、また日本はアメリカの属国から脱却できない」からだ。

つまり、経済・外交・軍事において、日本はすべてアメリカの言いなり、アメリカ依存体質になっているからである。

兎に角、アメリカから「こうしろ、ああしろ」と言われれば、「ハイッ!承知しました」と言われるままになる。

政府は国民に対しては詐欺師だから、美辞麗句を並び立てて手練手管でうまく納得させててしまう。

例えば「これからは国際協調国際貢献をもっとしなければならない。そのためには憲法を変えて、集団的自衛権を明記して、軍事力を海外に派兵できるようにしなければならない」と言っている。

国民は国際協調、国際貢献という大義名分の言葉に誤魔化される。

その真実は「アメリカの軍事費削減ために日本の自衛軍を下請けに使うこと(魂胆)と日本の米軍基地機能の拡大強化をはかること」であるにも拘わらず、それを日本人は有り難いことと思っている。

当然、日本の軍事費はますます増嵩する。その分、日本の国家予算の支出配分は「どこかを削って、軍事費を増やし、あるいは国民からの税金や負担を増やす」ことになる。

また、郵政民営化もアメリカの度重なる要望であった。小泉は「民でできることは民で」「大きな政府から小さな政府」という言葉を使って国民を欺いた。

そして、遂に政府はBSE問題を孕むアメリカ産牛肉の輸入再開を許した。

食品安全委員会の座長を抱き込み、生後20ヶ月、危険部位除去という条件をつけて輸入を認めさせた。その条件がミソである。

条件の20ヶ月や危険部位をどのように検査するのか、検査を受け入れるのかもはっきりしない。

つまり、チェックはアメリカ任せでアメリカのチェックを丸ごと鵜呑みにせよ、というものである。

丁度、建築確認検査と同じようなものだが、建築は国内だから、まだ我々の監視が届くが、アメリカは一切監視できない。

極めつけは、最後の関門である憲法改悪に手を付けだしたことである。イラク派兵はその既定事実づくりであった。その際にアーミテージ元国務副長官が「show the flag」と言ったことがすべてを物語っている。

自衛隊がアメリカの軍事下請けをするには、どうしても現行憲法が邪魔になる。

アメリカべったりの自民党にとっては日本国平和憲法が目の上の“たんこぶ”なのだ。

日本の国内世論を憲法改悪に誘導するために、周辺国の中国、韓国、北朝鮮問題をクローズアップして日本人のナショナリズムを煽って軍事力強化を策謀しているのだ。

今まさに日本の進路は分岐点に立っており、軍国主義化の歯止めになっている平和憲法が危険にさらされている。

世界は中国もロシアもインドも南米もアフリカもヨーロッパもある。「いわずもがな」ではあるがアメリカだけではないのだ。

一方、国内に目を転じてみると、「自民与党の財界べったり、政官業のトライアングル構造」は変わることなく、国民無視、国民いじめの政治は続く。

そして来年以降は増税ラッシュと各種社会保障費や教育費等の負担増ラッシュが相次ぐ。

自民党政治が自らつくった750兆円の借金の財政破綻を国民に押しつけようというのだ。

もうすでに決定された定率減税の廃止、老人控除の廃止、医療費負担増のほか、いよいよ消費税率アップは間違いなく国会を通過するだろう。

株価が値上がりしているとはいえ、大企業の業績が好調なこと外国の禿鷹ファンドによる“買い”で株価が上昇しているものの、国民所得と消費動向は未だに厳しい。

また、大企業の業績は中国の高度経済成長によるもので、国民経済からみれば、景気回復の材料は何一つない

景気がよくなるとは、「国民の可処分所得が増え、消費が伸び、物が売れて、生産が増えること」である。

しかし、「所得は伸びない、失業者が減らない、少子化が進む、負担が増える」、これで景気が良くなるはずがない

他方、外交問題も過去最悪である。アメリカ一辺倒の外交方針は変わらない

先般の東アジア共同体における小泉外交は孤立感が漂っていた。

逆に中国の存在が際だっていた。つまり、アジアにおいて日本はリーダーシップを発揮するどころか中国にその座を奪われた。

その原因はやはり、小泉の靖国参拝にアジア各国が眉をひそめているからである。

来年は小泉が退任し、多分、安倍晋三が新しい首相になるだろう。自民党きってのタカ派である。(政治を劇場と同じ次元でとらえる「ヨン様好きのオバタリアン的レベル」の自民党支持者が6割いるから、安倍人気は高い)

ますますアジアでの孤立を深めるであろう。

最後に地球環境は回復の糸口を掴めずに、ますます悪化を辿るだろう。その一番の元凶はなんといってもアメリカが未だに京都議定書を拒否していることだ。

アメリカは世界の25%を消費する消費大国であるにも拘わらず、“経済優先”を盾に環境問題について無視をつづけている。

最近の異常気象をみると地球温暖化はすでに過去にCO2を排出してしまった問題で、これからどう防止するかという問題ではない。せめてこれ以上増やさないようにしようと苦しんでいる問題である。

つまり化石エネルギーの消費をどう減らすかという問題である。

また、急激な工業化と高度成長経済大国になった中国の公害防止策立遅れが非常に恐い。特に工業廃水や生活排水によって海が汚染され、その海流で日本の近海を大きく汚染するだろう。

日本は地球の一員であり、世界の中の日本であり、アジアの大国である。その日本がアメリカ依存、アメリカ一辺倒で近隣諸国に配慮を欠いていては日本にとってマイナスが大きすぎる。

いずれにしても、残念ながら日本人の意識構造が変わることは到底望めない。

したがって小泉路線の国民いじめの誤魔化し構造改革が国民生活を困窮させ、また日本の政治構造は変わらず、アジアとの関係は憲法改悪でますます悪化するであろう。

まもなく新しい年を迎える。

せめて、石川啄木が詠んだ

何となく 今年はよいこと あるごとし 元日の朝 晴れて風なし

のように新年を迎えたいものである。

なお図解日本総研大予測―2006年の10大ニュースはこうなる!が発行されているのでご参考にしてください。私も購読して、今自分が書いたことを検証してみたい。

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投稿者: 原野辰三 投稿日時: 2005年12月8日(木曜日) 23時50分59秒

本日、12月8日は日米開戦の日。
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